【公認心理師が解説】アルコール依存症 原因・症状・治療

精神疾患

「アルコール依存症」と聞くと、どんなイメージを持ちますか?「意志が弱い人がなるもの」「自業自得」といった偏見を持っている方もいるかもしれません。しかし、実際にはアルコール依存症は誰にでも起こりうる病気です。

お酒を楽しむことと、依存症になることの境界線は、思っているよりもずっと曖昧です。ストレスの多い現代社会では、「ちょっとした息抜き」のつもりで飲んでいたお酒が、いつの間にか生活の中心になってしまうことがあります。

この記事ではアルコール依存症の正しい理解と治療・支援についてお伝えします。

アルコール依存症とは|「お酒好き」との違い

アルコール依存症は、WHO(世界保健機関)の国際疾病分類(ICD-10)でも定義されているれっきとした病気です。単に「お酒が好き」というレベルを超えて、飲酒のコントロールができなくなり、心身や社会生活に深刻な影響が出ている状態を指します。

主な特徴:

  • 飲酒量や飲酒時間をコントロールできない
  • お酒をやめようと思ってもやめられない
  • 飲酒のために仕事や人間関係を犠牲にしてしまう
  • お酒が切れると離脱症状(手の震え、発汗、不安など)が出る
  • 以前と同じ量では効かなくなり、飲酒量が増えていく(耐性の形成)

これらは「性格の問題」ではなく、脳の報酬系に変化が起きている状態です。アルコールが脳内の神経伝達物質に影響を与え、「飲まずにはいられない」状態を作り出してしまうのです。

アルコール依存症の診断基準(ICD-10)

ICD-10では、以下の6項目のうち3項目以上が過去1年間に同時に存在した場合、アルコール依存症と診断されます。

  1. 渇望:飲酒への強い欲求または強迫感がある
  2. コントロール喪失:飲み始めや終わり、量をコントロールできない
  3. 離脱症状:飲酒をやめたり減らしたりすると身体的・精神的症状が出る
  4. 耐性:同じ効果を得るために飲酒量が増える
  5. 他の活動の放棄:飲酒のために他の楽しみや興味を犠牲にする
  6. 有害な使用:明らかに有害であるにもかかわらず飲酒を続ける

こんな症状があったら要注意|具体例で見る危険サイン

診断基準だと少しイメージがつきにくい人もいるかもしれません。日常生活でこんなことがあったら専門機関に相談してみてください。

  • 「今日は飲まない」と決めても守れない
  • 朝や昼間から飲酒することが増えた
  • お酒が切れると手が震えたり、不安が強くなる
  • 家族や周囲の人から飲酒について心配されている
  • 飲酒が原因で仕事や学業に支障が出ている

【セルフチェック】あなたは大丈夫?6つのチェック項目

アルコール依存症はセルフチェックをすることも可能です。

「アルコール依存症 チェックシート(AUDIT)」は世界保健機構(WHO)が作成したチェックシートで、世界で最も使用されています。

もしかしたらアルコール依存症かもしれないと感じている方はぜひやってみてください。

アルコール依存症の症状と進行パターン|4つのステージ

アルコール依存症は、多くの場合段階的に進行します。どの段階にいるかを知ることで、適切な対応と回復への道筋が見えてきます。

ステージ1:依存症との境界線|習慣化と見過ごされやすいサイン

アルコール依存症の最初のステージ「依存症との境界線」と呼ばれます。まだ本格的な依存症ではありませんが、この段階で油断するとすぐに次のステージへ移行してしまいます。

このステージの特徴:

  • 飲酒量の増加と耐性の形成:習慣的な飲酒により、以前と同じ量では酔わなくなり、アルコールに対する耐性が形成されます。
  • 健康診断での異常:肝機能や血圧の異常を指摘されることがあります。
  • 飲酒のコントロール喪失の始まり:「飲み始めると止まらない」という傾向が見られます。
  • 休肝日の喪失:週に数日、休肝日を設けられない状態が続きます。
  • 記憶の消失(ブラックアウト):飲酒中の会話や行動の一部を覚えていない「ブラックアウト」が起こり始めます。ブラックアウトの頻度が増えるほど、依存症の進行は加速度的に進んでしまうため、特に注意が必要です。

この段階での対策は非常に重要です。休肝日を設けたり、飲酒量を減らしたりする小さな工夫が進行を食い止める最大のポイントです。

ステージ2:依存症初期|精神依存の確立

「依存症との境界線」を越えると、いよいよ初期ステージに入ります。この時期は精神依存が中心となります。

このステージの特徴:

  • 飲酒の心理的変化:ストレス解消や気分転換のためではなく、「飲まなければ落ち着かない」「飲まないと強い不安やイライラを感じる」という心理状態へと変化します。お酒を楽しむことよりも「必要だから飲む」傾向が強くなります
  • 飲酒の優先順位の上昇飲酒が家庭や仕事よりも優先されるようになり、飲酒のためにスケジュールを調整し始めます。時には酒気帯び運転や無断欠勤など、深刻なトラブルを招くケースも少なくありません。
  • 飲酒量の増加:軽い酔いでは満足できず、飲酒量が自然と増えていきます。

初期段階であれば、まだ自分の意志や周囲のサポートで改善できる可能性が高いです。この時期に専門医やカウンセラーに相談することが、重症化を防ぐ鍵となります。

ステージ3:依存症中期|身体依存と生活の乱れが顕著に

中期ステージに入ると、心だけでなく身体そのものがアルコールを強く求めるようになります。飲酒のコントロールはほとんど効かなくなり、生活全体に深刻な影響が出始めます。

このステージの特徴:

  • 離脱症状の出現(身体依存の確立):飲酒をやめたり量を減らしたりすると、手の震えや発汗、強い不安感、不眠、吐き気などの禁断症状(離脱症状)が現れます。これらの不快な症状を避けるために再び飲酒を繰り返すという「やめたくてもやめられない」悪循環に陥ります
  • 異常な飲酒行動:二日酔いを避けるためにさらにお酒を飲む「迎え酒」が見られるようになります。飲酒のために嘘をついたり、飲みすぎによる暴言や問題行動が増えたりします
  • 社会的・健康的な問題:遅刻や欠勤が増え、集中力が低下するなど、仕事や社会生活に直接的な悪影響が出始めます。また、肝機能の低下、高血圧、胃腸障害、脳へのダメージなど、身体の限界を示すサインが現れ始めます

この中期は「治療へ踏み出せるかどうか」の重要な分岐点です。専門医に相談し、薬物療法やカウンセリングを開始することで、後期への進行を食い止めることができます。

ステージ4:依存症後期|生活の破綻と命の危機

後期(末期)最終ステージです。日常生活や社会生活がほぼ破綻し、命に関わる危険が高い段階です。

このステージの特徴:

  • 生活の崩壊飲酒が「嗜好」ではなく「生きるための必需品」となり、仕事や家族を失い、食事よりもお酒を優先するようになります。家庭や社会的信頼を完全に喪失します。
  • 重度の身体的ダメージ:身体的なダメージが極めて深刻化します。肝硬変、アルコール性肝炎、膵炎などの消化器系疾患、脳の萎縮、アルコール性認知症などが顕著になります。
  • 深刻な精神症状:アルコール性認知症、せん妄、幻覚、妄想などの精神症状が現れます。
  • 高い死亡リスク:肝不全、脳卒中、心筋梗塞など、命に直結する急性症状のリスクが極めて高くなります。

後期に至ると、本人の意思だけで改善することはほぼ不可能です。この段階では、専門的な医療機関での集中的な治療と長期的な回復支援が不可欠です。

早期発見と予防の重要性

「まだ大丈夫」と思い込むことが、進行を早める最大のリスクになります。飲酒習慣を客観的に見直すことが重要です。

今日からできる予防策:

  • 適正量の把握:男性は純アルコール量20g以下、女性や高齢者は10g以下が適量の目安とされています(ビールなら500ml、日本酒なら1合弱)。
  • 休肝日の設定:週に1日以上、可能であれば週2日以上の休肝日を必ず設けましょう。
  • ストレス解消の多様化:お酒に頼らずストレスを解消できる趣味や運動などの方法を持つことが、依存症予防において最も効果的です。

が、それでも適切な支援があれば回復は可能です。

治療法と支援:回復への道のり

アルコール依存症の治療は、多面的なアプローチが必要です。

薬物療法

薬物療法には主にいくつかの種類があり、それぞれが異なるメカニズムでアルコール依存症の治療をサポートします。具体的には以下のような薬剤が使用されています:

  • 抗酒剤:お酒を飲むと気持ち悪くなる薬です。「飲んだら苦しい思いをする」という心理的なブレーキとして働きます
  • 飲酒欲求軽減薬:脳に働きかけて「お酒を飲みたい」という気持ちそのものを抑える薬です
  • その他の薬:アルコール依存症に伴って起こりやすい、うつ症状や不眠に対しても、それぞれに合った薬で治療することがあります

心理社会的支援

薬による治療だけではなく、アルコール依存症の回復において心理的社会的支援は極めて重要な役割を果たします。医療的治療だけでは不十分で、心理的・社会的側面からの包括的な支援が必要です。

個別カウンセリング・心理療法

  • 動機づけ面接(MI:Motivational Interviewing):アルコール依存症の回復には、本人の「お酒をやめたい」という動機付けが非常に重要です。動機付け面接は本人の変化への動機を引き出す技法です。「やめなさい」と説得するのではなく、本人の内側にある「変わりたい」という気持ちを育てます。
  • 認知行動療法(CBT):飲酒につながる思考パターン(「ストレスがあるから飲んでも仕方ない」など)や飲酒をする行動パターンを特定してより適応的な対処方法を身につけます。
  • 再発防止プログラム:飲酒のきっかけ(トリガー)を特定し、それに対する具体的な対処法を準備します。「もし〇〇の状況になったら△△する」という具体的な計画を立てます。

集団療法

  • 治療的グループ:同じ問題を抱える人たちと安全な場で経験を共有し、孤立感を軽減します。他者の回復体験が希望になります。
  • 心理教育グループ:依存症のメカニズム、ストレス対処法、健康的な生活習慣などを学びます。
  • SST(社会生活技能訓練):断酒を続けるために必要な対人スキル(断る技術、感情表現、問題解決など)をロールプレイで練習します。

自助グループ

自助グループとは同じ問題を抱える人たちが集まって互いの経験や悩みを語り合い、支え合う場所のことです。依存症を治療する上で重要な居場所になります。

  • 断酒会:日本で長い歴史を持つ自助グループ

家族の方へ|アルコール依存症の家族支援

家族としてアルコール依存症の方を支えることは、想像以上に大変なことです。「どうすればいいのかわからない」「自分のせいではないか」「もう限界だ」――そう感じているあなたの気持ちは、当然の反応です。

まず知っていただきたいのは、あなたは一人ではないということです。そして、あなた自身も支援を必要としているということです。

まずは「病気」として理解する

アルコール依存症は意志の問題ではなく、脳の病気です。

「もっと強く言えば」「もっと優しく接すれば」「もっと〇〇すれば」――そう考えて自分を責めてしまうかもしれません。しかし、依存症は脳の報酬系に変化が起きている状態であり、家族の接し方だけで解決できるものではありません。

病気として理解することで、本人を責めすぎず、自分を責めすぎず、適切な距離感を保ちやすくなります。

「イネイブリング(共依存)」に注意する

イネイブリングとは、良かれと思ってする行動が、かえって依存症を悪化させてしまうことを指します。

家族として「支える」つもりの行動が、本人が「問題に直面する機会」を奪い、依存症を長引かせてしまうことがあります。

イネイブリングの具体例:

  • 飲酒による欠勤の言い訳を会社に代わって伝える→ 本人が責任を取る機会を奪ってしまいます
  • 飲酒で起こした問題(借金、トラブルなど)を肩代わりする→ 本人が「このままではいけない」と気づくチャンスを失います
  • 「ストレスがあるから仕方ない」と飲酒を正当化してあげる→ 本人の回復への動機づけを弱めてしまいます
  • お酒を隠す、捨てるなどのコントロールを試みる→ かえって本人との対立を深め、隠れて飲むようになることも

これらは一見優しい行動に見えますが、結果的に依存症からの回復を遅らせてしまいます。

専門家と相談しながら、本人が自分の問題に向き合える環境を整えることが大切です。「見守る」ことと「尻拭いをする」ことは違います。

家族自身のケアを最優先に

依存症の家族を持つことは、あなた自身の心と体を消耗させます。

こんな状態になっていませんか?

  • 常に本人の様子が気になり、自分のことが後回しになっている
  • 怒りや悲しみ、無力感に押しつぶされそうになる
  • 友人や趣味から遠ざかり、孤立している
  • 「自分さえ我慢すれば」と思い込んでいる
  • 体調を崩したり、眠れない日が続いている

あなた自身を大切にしてください

家族であっても、あなたの人生はあなたのものです。本人の回復を支えるためには、まずあなた自身が健康で、心の余裕を持っていることが不可欠です。罪悪感を感じるかもしれませんが、趣味や友人との時間、リフレッシュする時間を意識的に作りましょう。

「家族が元気でいること」それ自体が、回復のための重要な土台になります。

専門家に相談・家族会への参加

アルコール依存症者の家族が、同じ悩みを持つ人たちと体験を分かち合い、支え合う家族会という場があります。Al-Anon(アラノン)などが代表的です。同じ悩みを持つ家族同士で経験を共有することで「自分だけじゃない」と知ることが、大きな支えになります

また、アルコール依存症当事者との関係について、辛いと感じた時は、医療機関や相談機関への相談、カウンセリングを受けるといった方法で専門家に頼ることも大切です。

安全を最優先にする

アルコール依存症が進行すると、暴言や暴力が伴うケースもあります。

暴力やDVがある場合は、迷わず距離を取ってください

あなたの安全は何よりも優先されるべきです。暴力や脅迫がある場合は:

  • すぐに安全な場所に避難する
  • 警察(110番)に通報する
  • DV相談窓口(配偶者暴力相談支援センター等)に相談する

「家族だから」「見捨てられない」という思いがあっても、あなたが危険にさらされる必要はありません

本人への接し方のポイント

してはいけないこと:

  • 飲酒中に説得や議論をする(効果がありません)
  • 「意志が弱い」「だらしない」などと人格を否定する
  • 脅したり、感情的に責めたりする

効果的な接し方

  • 本人がシラフの時に、冷静に心配を伝える:「あなたの健康が心配」「一緒に病院に行ってほしい」と具体的に伝える
  • 「私」を主語にして話す:「あなたは〇〇だ」ではなく「私は〇〇と感じている」
  • 小さな変化を認める:回復の兆しが見えたら、それを認めて励ます

アルコール依存症へのよくある誤解を解く

アルコール依存症について、多くの誤解があるので最後に解きたいと思います。

❌ 誤解:「意志が弱いからなる」

✅ 事実:脳の報酬系に変化が起きる病気です。意志の力だけでは解決できません。

❌ 誤解:「一度なったら一生治らない」

✅ 事実:適切な治療と支援があれば、回復し、健康的な生活を取り戻すことができます。ただし、「節酒」ではなく「断酒」が基本です。

❌ 誤解:「特別な人だけがなる」

✅ 事実:年齢、性別、社会的地位に関係なく、誰でもなりうる病気です。

❌ 誤解:「家族が悪いからなる」

✅ 事実:家族が原因ではありません。ただし、家族の関わり方が回復を助けることはあります。

まとめ:希望を持って、一歩ずつ

アルコール依存症は、飲酒がやめられないことで日常生活にさまざまな支障をきたすれっきとした病気です。そして、アルコール依存症は回復可能な病気です。

大切なのは:

  • 早期に気づき、専門家に相談すること
  • 一人で抱え込まず、支援を求めること
  • 家族も自分自身のケアを大切にすること
  • 回復には時間がかかることを理解すること
  • 小さな一歩を積み重ねること

適切な支援と本人の「変わりたい」という思いがあれば、必ず道は開けます。

もしあなた自身、または大切な人がアルコールの問題で悩んでいるなら、どうか一人で抱え込まないでください。専門家や支援団体に相談することが、回復への第一歩です。家族の方も、ご自身の心身の健康を最優先にしてください。


※この記事は一般的な情報提供を目的としています。個別の診断や治療については、必ず医療機関や専門家にご相談ください。

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